あなたに見えている世界

全盲の加藤さんが、映画を撮る過程を追った

ドキュメンタリー

「ナイトクルージング」を観た。

 

 

私は小さい頃から

私の見えている世界はどうやらごく一部で、

他の人は違う世界が見えているらしくて、見たくてがんばるんだけど、どうしても見えない

 

 

という感覚があった。

 

人と世界観、空気感、常識、などを

うまく共有できないことが多くて

もがいていた時期があった

 

(今もそれは変わらないけど、最近は

そういうもんか、と思えるようになった)

 

だから、光の反射で世界を認識していない方々に見えている世界がどんなものなのか、

勝手に少しだけ親近感も持っていて、

すごく興味があった

 

そして、映画を観て、

とてもとてもとてもとても感動した。

 

なぜなら、

目の見えない人と、見える人が、

ありとあらゆる、本当にありとあらゆる手段を使って

 

目の見えない加藤さんの脳内に広がる景色を

共有しようとしていたから。

 

 

そもそも、目が見える見えない関係なく、

人と人って、本来これくらい

見える景色は違うのではないか。

 

なまじっか目がみえて、

そこに物質と光があって、反射しているから

みえている気になる。

 

お互い目が働いている前提だと、

さも同じものを見ているような気になる。

 

でも、そもそも多分みんな

全然みえかたがちがう。

 

だから、そのお互いの世界を共有するために

触ったり

絵を書いたり

形づくったり

とにかく尽くせる限りのことをして

それでも、うたがいつづけて(慢心しないという意味)

やっと少し近づけたかな、くらいじゃないのかな。

 

 

カフェでお茶をしていて、横に座っているいい年をした男性がカバンからレゴをおもむろに取り出して

昨日行ったお店が素敵でねと

組み立てながら構造を説明しだしたり

OLさんが男友達に

私の友達めっちゃ可愛くて!と

粘土をこねこねして顔を形成しだしたりしたら

びっくりするかもしれないけど

 

なんかそういうコミュニケーションって

言葉よりもすごく肌で感じられて

染み込んできそうだなっと

 

 

そして目の見えない人にとっての生命線である

音への繊細さに

うたを、音を表現の媒体としている身にとって

あらためて

その大切さを思った

 

少なくとも私は

これから誰かとお話するとき

なるべくノートを用意しようと思った

 

 

映画を観たのち、

そんなことを思う日々を過ごしていたら

ふとある日

お世話になっている方に

 

盲目のピアニスト、辻井伸行さんの演奏会に

お誘いいただいた

 

タイミング!

 

前々から行ってみたかったのです

辻井さんの演奏を聴いたら

また新しい想いが湧いてくるかもとおもって

 

その前に言葉にした。

 

ナイトクルージング。

素敵な映画です

 

 

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映画に関する、脳内を整理するために書いたノート