世界自閉症啓発Dayにおもうこと

まもなく令和!

新年度2日目、

平成最後の自閉症啓発デー

 

気持ちもあらたに、ということで

近年おもうことつらつら

(冒頭は言ってみたい言い回し詰め合わせ)

 

自閉症という症状は今は、自閉スペクトラム症として

発達障害の内のひとつということになっている

流行におくれがちな私、昨年頃から発達障害について調べていて

その時既にtwitterとかでは、発達障害ブームとか、発達障害ブームは去ったとか言われてたけど

実際どうなんでしょね

ブームになることも良い事だと思うし(それだけ認識されるということ)

ブームが去った、というのがブームになる前より一般に広く認識されたということならいいなぁと思う

 

色々見て読んで触れて思ったのは

なんか血液型占いみたいだなって笑

それくらい、カジュアルに語れるようになればいいなぁと思った

発達占い?

もしかして君ADHD型?みたいな

ASD型なんですよー的な

あーわかるー!みたいなかんじで

 

発達障害、身体障害、心や精神の病、LGBTQ…

人と人が違うのは当たり前なのに

それをうけいれるってけっこうむずかしいんだなあ

私も気づかずにやってるのかな

そんなつもりはなくとも、傷つけてしまうこともきっとあるのだろう

 

おさないころから、漠然と

人と感覚とか考え方がちがうっぽい。と思っていたけれど

人と違う自分を演出してる、とか、悲劇のヒロインめ、とかって

自分で自分にレッテル貼ってしまってひとりでくるしんでた

 

発達障害は目に見えないから、程度の差とかが、かなり自己申告になってくるというか

そのへんが、発達障害ブームって悪い意味で言われてしまう所以なのかもしれないけど

私はそういうとき、幼い頃よく母が言っていた言葉を思い出す

 

痛みの程度は、ひとにはわからない

 

その人が痛いというなら、痛いんだ、という前提で話を進められる人でありたい

痛い、といいたくなる理由は何なのか

熱がなくても、身体的痛みはなさそうに見えたとしても、

心のどこかにその人が抱えてる痛みに気づいて、ほどく手伝いができる人でいたい

 

だからうたっている。

 

私は今でも時々、過去の私にとりつかれて

自信がなくなる時があって

私はなんで居るのかわからないし私が歌っても誰にも届かないし誰にも求められてなんかいない

っていう残念モードに入ってしまうときがあるけど

 

世界のどこかに、私に近い気持ち、状況にいる人がもし

私の存在をしって少しでも楽になったら嬉しいし

なんだかんだいって私は、

過去の私にうたっているのかもしれない

そのうたが誰かの元にとどいて、結果的にその人に寄り添えたらと思う

 

それを思うと、うたおうと思う

 

私はひとりじゃないってしれたときすごく嬉しかったし

受け入れてもらえたときすごく楽になれた。

 

そういう意味では、過去の私と一緒に、今の私が、次のだれかに

恩返しをしたくて、うたっている

わたしのうたには、そのふたつの気持ちが混ざっている。

 

15歳の時にクラスの子に「お前の笑ってる顔見ると冷める」

って言われてから自信がなかったわたし

(人と感覚が共有できずコミュニケーションがうまくできなくてぎこちなかった)

 

表現をはじめて、25歳ぐらいの時に舞台の集合写真で笑ってる自分をみて

これは作り笑顔ではない!って自分でハッと気づいてすごく嬉しくて

それからどんどん笑えるようになっている

 

いつもわらってなきゃ。って思ってたけど、うそんこならいらない

でも自分を自分ではっぴーにしてあげることはできるから、人前で必要以上に落ちなくていい

どうしても自然体でいられないなら、人に無理して会わなくてもいい

 

 

 

 

私の好きなうたいてさんは、それはそれは晴れやかな笑顔でうたう

きっとそれまでにいろいろいろいろいろいろいろいろあったのだろう

私は今多分そんな太陽みたいにうたうことはまだできていないかもしれないけど

これからどんどんそうなっていけるように

うたいつづける

 

 

 

twitterで青い服着て動画撮ってみた

https://twitter.com/matsurimiwa/status/1113081802778800128?s=21

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